猫は知らない。でも世界はそれでできている話

猫にごはんをあげている時に、ふと思った。


うちの猫たちにとって
「ごはんをくれる人」は完全に旦那さまだ。
時間になると、そわそわして、旦那さまの足元にまとわりつき、
期待に満ちた目で見上げる。


その視線の中に、私はいない。
いや、正確に言うと「いるけどいない」。
なぜなら私は
ごはんを“あげる人”ではなく
ごはんを“作る人”だからだ。
ササミを蒸して、手でちぎって、食べやすい大きさにして、
時には栄養バランスを考えて、スーパーに買い出しに行って。


…まあまあやってる。


でも、そのすべては猫たちの目には入っていない。
猫たちの世界はとてもシンプルで、
「目の前でごはんを差し出した人」が正義。
つまり私は、裏方100%の存在である。


———


ここでふと、思った。
あれ?この構造、どこかで見たことあるな、と。
そう、「顕在意識」と「潜在意識」の関係だ。


私たちが普段「現実」と呼んでいるものは
目に見える世界、つまり顕在意識の領域。
行動している人、発言している人、結果を出している人。


いわゆる“表に出ているもの”が評価されやすい世界。
だけど実際には、


その裏側にある見えない働き——
習慣、思考、感情、無意識の選択、過去の経験、価値観、癖。
そういう「潜在意識」の積み重ねがなければ、
目の前の現実なんて一つも生まれてこない。


つまり、
旦那さま=顕在意識(ごはんをあげる人)
私=潜在意識(ごはんを生み出してる人)
という構図が、見事に出来上がっていたのである。


———


さらに視点を広げてみると、
この構造は自然界でもまったく同じだ。
私たちが「当たり前」に食べている野菜やお米。


これもまた、目に見える部分だけで成り立っているわけじゃない。
むしろ逆で、土の中にいる微生物、菌、虫たち。


彼らの働きがなければ、作物は育たない。
栄養は巡らないし、土は生きないし、
そもそも“食べ物”として成立しない。


でも私たちは普段、その存在をほとんど意識しない。
スーパーに並んでいる野菜を見て、
「この菌のおかげだな〜」とは思わないし、
「この微生物いい仕事してるな〜」とも思わない。
(思ってたらちょっとマニアックすぎる)
でも現実は、そこが“すべて”だったりする。


———


会社でも同じことが起きている。
目立つポジション、成果がわかりやすい仕事、数字に出る役割。


そういうものが評価されやすい一方で、
根回しをしている人、環境を整えている人、小さな違和感を調整している人。
そういう“見えない仕事”は、なかなか評価されにくかったりする。


だけど実際には、その人たちがいなければ組織はスムーズに回らないし、
トラブルは増えるし、空気もどんどん悪くなる。


つまり、「見えてないけど、めちゃくちゃ重要」なのだ。


———


家庭でも同じ流れがある。


最近よく耳にする「名前のない家事」という言葉。
ゴミ袋をセットする、調味料を補充する、冷蔵庫の中を整える、
切れそうな日用品を把握する。
誰にも頼まれてないけど、誰かがやらないと成り立たないこと。
これもまさに、潜在意識的な働き。
見えないけど、確実に現実を支えている。


———


そして今、
時代の流れとして少しずつ
「見えないもの」に光が当たりはじめている気がする。
目立つこと、強さ、スピードだけじゃなくて、
整えること、感じること、育てること、つなぐこと。


そういう“静かな力”がちゃんと価値として認識され始めている。


これはたぶん、
顕在意識優位の社会から潜在意識優位の社会へ
少しずつ移行している途中なんじゃないかな、と
個人的には思っている。


———


で、ここからがちょっと大事な話。


もしこの文章を読んで、
「なんか分かるな」
「そういう世界、ちょっと体感してみたいな」
と思った人へ。


それ、頭で理解するよりも
“体で感じる”方が早いです。
土に触れると、びっくりするくらい分かる。
目に見えないものが、どれだけ世界を支えているのか。


だから私は今、
ねこの手はたけ部
という小さなコミュニティをやっています。
一緒に土を触って、一緒に育てて、一緒に収穫して、
その中で、「見えないけど確実に存在しているもの」を体で感じてもらう場所です。


農業って、作物を育ててるようで実は“感覚”を育ててるんですよね。
ちょっと疲れてる人とか、なんか整えたい人には特におすすめです。


———


そしてもうひとつ。
土の中の見えない世界と同じように、
私がもう一つ大事にしているものがあります。


それが、珈琲です。


豆って、ただの“物”に見えるけど、
実はそこにもすごく繊細な流れがあって、
焙煎のタイミング、火の入れ方、湿度や空気感、
そして“どんなリズムで扱うか”。


そういう見えない要素で味がまったく変わる。
だから私は、「月の満ち欠け」や
自然のリズムに合わせて焙煎した珈琲を作っています。


いわば、
見えない流れをそのまま味にしたもの。飲んだ時に、なんとなくホッとしたり、
力が抜けたりするのは、たぶんそのせいです。


今は「新月・満月焙煎の珈琲豆」や季節に合わせた定期便もやっていて、
日常の中で、無理なく自然のリズムを取り戻せるような形にしています。


———


猫は今日も、旦那さまを神のように見上げている。
私は今日も、横でササミをちぎっている。
でも、なんとなく分かっている。


この世界は、見えているものでできているんじゃなくて
見えていないもので、できている。


そしてたぶん、本当に大切なものほど静かで、目立たない。


———


もし今、
「なんかうまくいかないな」とか
「評価されてない気がするな」とかそんな風に感じていたとしても、
それ、もしかしたらめちゃくちゃ大事な部分を担っている最中かもしれません。


猫は知らないけど、世界はちゃんと知っている。
そして、そういう“見えないもの”に触れたくなったら、
いつでも土の上で待っています。


コーヒーを飲みながらでも、いいしね。
ふっと力が抜ける、そんな時間を一緒にどうぞ。

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